タイムマシン
先日、シブヤ大学に初めて行ってきました。
『生命、三種の神器』 ~水、エネルギー、食物から未来を描く~
講師は、アニリール・ セルカンさん。
内容はその前の週の東大での講演と同じだったのですが
東大は30分で駆け足、シブヤ大学では90分でじっくり、だったのでよかったかなと。
で、三種の神器やインフラフリーについてはもうブログ書いちゃったのでふれませんが、
別に書いておきたいテーマが一つあります。
**************自分はなぜ、今の自分なのかということ**************
私たちは、子供の頃は色んな可能性を持っていた。
多分、宇宙飛行士にもなれたかもしれないし、大学教授にもなれたかもしれないし
マッドサイエンティストにもなれたかもしれない。
ミュージシャンにも、スポーツ選手にも、総理大臣にだってなれたかもしれない。
だけど、たいていの日本人は同じように高校を受験し高校に行き、
大学を受験し大学に行き、スーツを着て就職活動をして企業に就職する。私もそうだった。
毎日、朝会社に行き、夜帰宅する。朝会社に行き、夜帰宅する。
高校も、大学も、就職先も、全て自分で選んだ道なのだけれど
「常識」から抜け出せなかったような気がする。
だけど本当は常に、自分はどういう人間でありたいのかを、追求し続けなければいけない、と
今更ながらに考えるきっかけになりました。
大学時代に、母が一年間アメリカの高校に日本語教師として赴任したことがあり、
冬休みに遊びに行って、そこの授業を見て面白かったのは、自分で授業を選べるということ。
演劇が好きな子は、演劇ができる。
料理が好きな子は、料理ができる。そしてインターンシップみたいにレストランで修行ができる。
あと、たしかホテルマンになりたい子も、ホテルで修行できるようなのもあったような気がする。
日本みたいに国語/数学/理科/社会の勉強をして、受験して、就職して。。。ではなく
高校の時点で自分の得意なことは何か、自分がやりたいことは何かを見極めて
その道のプロフェッショナルになるべく進んでいく。
日本だとクラス全員が席を並べて、同じ授業を聞きながら
わからない子は全然わからず、わかる子は授業が簡単でつまらないという状況もあるようだけれど
アメリカだと勉強が得意な子はどんどん飛び級(スキップ)していく。
ぴょんぴょん前に進んでいき、面白ければ知的好奇心は更にあがっていく。
(日本にも、落第はあるんだけれども。。。)
セルカンさんて、33歳という年齢で宇宙飛行士候補だったり、科学者だったり、大学助教だったりと
昔子供だった私(たち)がなりたかったかもしれないものを色々手にしている。
セルカンさんはどうやって今のセルカンさんになったのか。
8歳の頃、毎週水曜日の夜は父親と一緒にサッカーの試合を見にいき、
そこでこうこうとサッカー場を照らす照明を見ていた。
当時、まだ太陽エネルギーなんて概念はなかったのだけれど
そういう論文は存在し、8歳のセルカンさんはそれを見て、反射板を作って、
太陽熱で発電するライトをサッカー場につけるモックアップみたいなものを作ったらしい。
そんな論文誰も読んだことはなかったので、みんな驚いてしまった。
<知識は武器>とセルカンさんは言う。
もう一つ。
セルカンさんは、15歳の頃、タイムマシンを作ったらしい。
そのエピソードをまとめたのがこの本で、買うと同時にすぐ読んでしまいました。
これはほぼ事実に基づいたフィクションの本のようですが、
学校で事件を引き起こし、退学になった13人の少年たちが「タイムマシン」の製作に挑むというもの。
タイムマシンの「原理」自体は、既にあった。
それを実現させるためにはタイムトリップできるだけのエネルギーが必要で
プラズマの原理とか彼らはどんどん勉強して、科学者だった母親に突っ込んでいったり、
大学教授に突っ込んでいったりとどんどん知識を深めていき、
人々を巻き込んで、タイムマシンを製作していく。
「子供だから」できないってことは、ないんだと思います。
大人がわかることだったら、子供でも知識を積み重ねればたいていわかる。
中学校のとき、不思議な人に会いました。
異常な程、「なんで?」を繰り返すのです。何か一言いうと、10階層ぐらいの「なんで?」が返ってくる。
最初はなんじゃこりゃと思ったのですが、不思議なことに「なんで?」を繰り返すことによって
自分はどこまで物を知っていて、自分は何を知らなければいけないかが見えてくる。
知識の境界線が見えてくる。知識の境界線を突破することで、なれる自分が大きくなっていく。はず。
「子供の頃は何にでもなれる気がしてた」は裏返すと、
「大人になるとどんどん可能性が狭まっていく」ということ。
でも、その分知識と、経験と、人脈とを積み重ねながらできることを増やしていくしかない。
「世の中には、2種類の人間しかいない。ムーンサルトができる人間と、ムーンサルトができない人間だ。」
とは、大学時代に入っていたトランポリン同好会の部長のお言葉。
でも、これって何にでもあてはまる。
世の中には、2種類の人間しかいない。プログラミングができる人間と、できないまま死んだ人間。
世の中には、2種類の人間しかいない。社長を経験した人間と、できないまま死んだ人間。
世の中には、2種類の人間しかいない。エベレストを登った人間と、登らないまま死んだ人間。
世の中には、2種類の人間しかいない。結婚したことがある人間と、しないまま死んだ人間。
世の中には、2種類の人間しかいない。子供を産んだことがある人間と、ないまま死んだ人間。
世の中には、2種類の人間しかいない。宇宙に行ったことがある人間と、ないまま死んだ人間。
この質問は、つまるところ自分がどうありたいか、何ができる人間になりたいか、
自分の墓標に何を刻みたいかなんだと思う。
友人で結婚して子供を産んで幸せに暮らしているコは、
宇宙に行きたいとも社長を経験したいとも思わないしそれはそういう人生でいい。
社長を経験したいと思っている人は、どうすれば昇進できるか、もしくは起業できるかを考える。
宇宙に行きたい人は、どういうステップで行けるかを考える。
大金持ちになって行く人もいるし、ペプシをたくさん飲んで応募した人もいるだろうし
勉強して宇宙飛行士になって行く人もいるだろう。
そして、死ぬ時に墓標に「よき母」と書かれたいのか「宇宙飛行士」と書かれたいのか「旅人」と書かれたいのか
「優れた社長」と書かれたいのか、「おいしいパンで人々を幸せにしたパン屋さん」と書かれたいのか。
(幼稚園児の頃、クラスの女の子全員が「お嫁さんになりたい」と言ったらしいのですが
私、「パン屋さんになりたい」って言ったらしい。パン屋さんのイーストの匂いが大好きだったので。)
というわけで、「墓標に何を刻みたいか」を目指して邁進するべく毎日頑張ろう、と。
※今きづいたのですが、JTBに宇宙旅行のページがあった!JTB 宇宙旅行
おまけ:セルカンさんのサインを頂きました♪